IPA(情報処理推進機構)が2025年に公表した「DX動向2025」は、日本・米国・ドイツの3か国比較を通じて、日本企業のDXが「取組」では先進国に並びながら「成果」では大きく後れを取るという現在地を浮かび上がらせた調査です。副題「『内向き・部分最適』から『外向き・全体最適』へ」が、本書の核心を一言で言い表しています。
概要
本書は、企業のDXの取組・成果・人材・技術活用を、戦略やガバナンス、人材など複数の視点から3か国で比較した調査です。日本企業のDX取組そのものは着実に浸透し、大企業では米独と肩を並べる水準に達しました。しかし成果創出では米独に明確に劣り、その目的が社内のコスト削減・効率化という「内向き」「部分最適」にとどまる点が、日本固有の課題として鮮明になっています。さらに、成果指標の未設定、経営層・IT部門・事業部門のサイロ化、人材・内製の不足、生成AI活用の遅れ、データの外部連携の弱さが相互に絡み合い、「成果が出ない構造」を形づくっています。新任のDX執行責任者にとって本書は、自社の立ち位置を「取組の有無」ではなく「成果の質」で測り直すための地図になります。
調査の概要
本調査は、IPAが2025年に実施した「国内外におけるDX推進状況等調査分析(企業向け、2024年度調査)」に基づきます。DX白書2023、DX動向2024の調査内容を踏襲しつつ、経営面の成果内容、DX戦略の共有状況、成果指標の設定状況といったガバナンスの観点や、業務プロセスの最適化、企業間連携、スキルの把握状況などの設問を加えて内容を更新しています。
最大の特徴は国際比較の枠組みです。従来の米国企業に加え、2024年度調査ではドイツ企業も対象とし、日米独3か国の横並び比較を可能にしました。日本側の対象は日本標準産業分類19業種(製造業・非製造業、「公務」を除く)の経営層またはICT関連事業部門で、集計上は製造業・情報通信業・流通小売業・金融保険業・サービス業の5業種に再分類しています。各設問は従業員規模別(おおむね100人以下から1,001人以上まで)にも分解され、企業規模による差を読み取れる構成です。金融・保険業も対象業種に含まれており、銀行が自社の位置を重ねて読める資料といえます。
日本のDXの実態 ― 数値で見る国際比較
取組の裾野は確かに広がりました。日本で何らかの形でDXに取組む企業は77.8%に達し、2022年の69.3%から着実に浸透しています。「全社戦略に基づき全社的に取組む」割合は米国と同等、ドイツより高い水準です。ただし2023年度から2024年度では伸びが止まり、頭打ちの兆しが見えます。規模差も大きく、従業員1,001人以上では96.1%が取組む一方、100人以下では46.8%と2倍以上の開きがあり、取組は大企業に偏っています。
問題は成果側にあります。「成果が出ている」と答えた企業は米独が8割以上に対し日本は6割弱。日本は「わからない」という回答も多く、成果を追えていない企業が目立ちます。従業員1,001人以上に絞っても、成果が出ているのは日本64.2%に対し米国84.0%、ドイツ92.0%です。成果の中身も対照的で、日本は「コスト削減」「提供日数の短縮」など効率化型が多く、米独は「利益増加」「売上高増加」「市場シェア向上」「顧客満足度」などバリューアップ型が多くなっています。取組をデジタイゼーション/デジタライゼーション/デジタルトランスフォーメーションに分類すると、日本は「アナログ・物理データのデジタル化」「業務効率化」では取組・成果とも高いものの、「既存製品の高付加価値化」「新規製品・サービスの創出」「顧客起点のビジネスモデル変革」では、取組割合が7〜9割あっても成果割合が著しく低いという特徴が出ています。
成果を測る土台や経営の関与も弱い状況です。DXの成果指標を「設定している」企業は日本27.4%に対し米国89.8%、ドイツ82.7%。CDOが「いる」のは日本11.7%(米50.5%、独42.6%)、経営者がデジタル分野の見識を「持っている」のは日本40.2%(米77.5%、独73.9%)と、経営トップの関与そのものが薄いことがわかります。
| 指標 | 日本 | 米国 | ドイツ |
|---|---|---|---|
| DXで「成果が出ている」(従業員1,001人以上) | 64.2% | 84.0% | 92.0% |
| DX成果指標を「設定している」 | 27.4% | 89.8% | 82.7% |
| CDOが「いる」 | 11.7% | 50.5% | 42.6% |
| 経営者がデジタル分野の見識を「持っている」 | 40.2% | 77.5% | 73.9% |
| 経営者・IT部門・業務部門の協調が「できている」 | 約4割 | 8割弱 | 6割5分程度 |
浮かび上がる課題
成果創出の弱さと「成果が測れない」こと
成果が出ない最大の理由は、成果を測る仕組みが整っていないことにあります。成果指標を設定している企業は27.4%にとどまり、未設定の理由は「評価指標はこれから定める」が最多、次いで「評価指標の設定方法がわからない」が並びます。目標がなければ、たとえ成果が出ても評価できず、「わからない」という回答が積み上がります。実際、成果が「わからない」理由として日本企業は「DXの成果目標を定めていない」を多く挙げています。指標なき取組は、続けるべきか止めるべきかの判断材料を欠いたまま漂流し、投資の妥当性を経営に説明できなくなります。
「内向き・部分最適」とサイロ化
日本のDXは目的が社内の効率化に偏り、個別業務を改善する「部分最適」にとどまります。米独が業務プロセスを企業・組織全体で最適化する「全体最適」を志向するのと対照的です。背景にあるのは組織の分断です。経営者・IT部門・業務部門の協調ができているのは約4割、外部組織との連携は1,001人以上でも4割強(米独は6割以上)にとどまります。DX戦略の共有も、米独が顧客・株主・取引先・同業者まで8割以上に広げるのに対し、日本は役員や推進担当など社内の一部にとどまるケースが多いのが実情です。本書は、日本でも全社最適に取組む企業ほど、また社内連携が進む企業ほど成果が出ていることを示しており、サイロ化の解消は成果の前提条件だと読み取れます。
人材と内製の不足 ―「定義の欠如」が根にある
人材は慢性的に不足しています。DX人材の「量」が不足(やや+大幅)と答えた日本企業は85.1%、「質」が「過不足はない」のはわずか3.8%(米52.9%、独25.1%)。最も足りないのは、企画から導入・効果検証までを一気通貫で担う「ビジネスアーキテクト」で、この層の薄さが成果創出の弱さに直結していると考えられます。ところが、人材像を「設定していない」企業が多く、評価基準が「ない」企業は75.7%(米10.0%、独18.9%)、必要スキルを「把握できていない」企業は57.1%(米独は10%以下)に達します。育成予算を「増やした」企業は2割強(米7割弱、独6割弱)、育成施策で「特に支援していない」は36.6%。何が必要かを定義しないまま不足を嘆くという構図です。内製化も外部委託依存が根強く、コア事業領域でも日本は「外部委託による開発」が最多で、内製化が進まない最大の理由は「人材の確保・育成が難しい」こと。人材問題が内製の遅れにそのまま跳ね返っています。
| 指標 | 日本 | 米国 | ドイツ |
|---|---|---|---|
| DX人材の「質」が「過不足はない」 | 3.8% | 52.9% | 25.1% |
| DX人材の評価基準が「ない」 | 75.7% | 10.0% | 18.9% |
| 必要スキルを「把握できていない」 | 57.1% | 10%以下 | 10%以下 |
| 育成予算を「増やした」(大幅+やや) | 2割強 | 7割弱 | 6割弱 |
生成AIとデータ活用の遅れ
生成AIに前向き(導入+試験利用+検討)な企業は日本5割弱で、米国8割弱・ドイツ7割弱に水をあけられています。大企業では導入が本格化する一方、100人以下では「予定なし」系が8割近くを占め、中小の出遅れが鮮明です。利用も個人の文書作成・アイデア出しや試験利用が中心で、「部署の業務プロセスに組み込まれている」割合は低いまま。課題は、効果・リスクの理解不足やルール整備といったガバナンス面に加え、「誤った回答を信じて業務に使ってしまう」というリテラシー面が日本で突出します。データ活用も「内向き」で、目的は販売支援やバックオフィスの効率化に偏ります。とりわけ深刻なのが外部連携で、他社とのデータ連携を「行っていない」企業は日本75.1%(米19.8%、独27.0%)。データ整備の課題は「人材の確保が難しい」「データ管理システムが未整備」「全社的な利活用の方針・文化がない」に集中しており、人材・基盤・文化の3点が同時に欠けている状態です。
| 指標 | 日本 | 米国 | ドイツ |
|---|---|---|---|
| 生成AIに前向き(導入+試験+検討) | 5割弱 | 8割弱 | 7割弱 |
| 他社とのデータ連携を「行っていない」 | 75.1% | 19.8% | 27.0% |
望ましい方向 ―「外向き・全体最適」への転換
本書が示す処方箋は明快で、「内向き・部分最適」から「外向き・全体最適」への転換です。第一に、コスト削減にとどまらず、新たな顧客価値や収益を生む「攻めのDX」へ重心を移すこと。第二に、着手の前に成果指標を設定し、成果を測れる状態をつくること。第三に、経営層・IT部門・業務部門のサイロを壊し、戦略を社内外に共有して、業務プロセスを全社最適で設計すること。第四に、必要なスキルと人材像、評価基準を明確に定義し、育成・リスキル・外部連携・内製化を計画的に進めること。第五に、生成AIとデータ活用を「内向き」の効率化から「外向き」の価値創出へ広げ、中小も含めてユースケースを試すことです。
本書は、評価基準を持つ企業ほど人材の不足感が和らぎ、全社最適や社内連携が進む企業ほど成果が出るという相関も示しています。これらは個別の施策ではなく、互いに支え合う一体の改革として進めるべきものだと読み取れます。
- PoC脱却を成果指標で担保する。日本の弱点は「成果を測れていない」ことであり、成果指標の設定率は27.4%にとどまる。京都銀行では、生成AIや営業DXの各施策に着手の前から定量・定性のKPIを置き、PoCを「本格導入・全社業務への組込み」へ進めるゲートを設けることで、検証不能のまま終わるPoCの量産を避ける。
- 「内向き・部分最適」を意識的に回避する。日本のDXはコスト削減・効率化に偏り、部門横断の全体最適に届いていない。事務削減のような守りの効率化と、顧客接点・営業の収益貢献という攻めの価値創出を一つのポートフォリオとして束ね、部分最適の積み上げにならないよう全行最適の視点で施策間の整合を取る。
- サイロを壊し、協調を成果条件として扱う。協調ができている日本企業は約4割にすぎず、連携が進む企業ほど成果が出ている。DX本部・IT部門・営業/事務部門の責任分界とデータ共有を明確にし、戦略を経営から現場まで共有する仕組みを、施策に先立つ前提インフラとして整える。
- 人材は「定義」から始める。日本は必要スキルを把握できていない企業が57.1%、評価基準がない企業が75.7%に上り、定義の欠如が不足感と内製の遅れを招いている。ビジネスアーキテクトを含む人材像とスキル・評価基準を先に定義し、育成・リスキル・外部連携・内製化をその定義に紐づけて計画する。
- 生成AI・データ活用を「外向き」へ広げる。生成AIに前向きな日本企業は5割弱、他社とのデータ連携をしない企業は75.1%と、活用も連携も遅れている。行内の効率化にとどめず、顧客価値や新サービスにつながるユースケースを、ガバナンスとリテラシー対策を同時に整えながら段階的に拡大する。